外傷処置の”RICE”より覚えてほしい”PEACE&LOVE”

スポーツ現場で起きる外傷に対しての基本は“RICE処置”が基本とされてきました。

損傷した部位を、

・冷却により血管収縮・血流低下

・圧迫により止血

・挙上により血液・組織液の貯留を防ぐ

・安静により出血を悪化させない。損傷拡大させない

以上がRICEの目的で、非常に大切な処置です。

しかし、近年、RICEに代わる新たな外傷処置の基本が提唱されるようになってきました。

それがPEACE & LOVEです。

スポーツ選手を外傷から早期に競技復帰させるためには適切な初期対応が必要です。

従来の”RICE”よりもさらに競技復帰を早める可能性がある考え方です。

現場で率先して初期対応にあたる機会の多い、トレーナー、チームスタッフには是非覚えておいてもらいたい知識です。

※この記事を書いた2024年10月現在では、スポーツ現場でもまだまだRICEが主流です。

従って、この記事はRICEの実施を完全否定するものではありませんのでご理解ください。

この記事でわかること

・PEACE & LOVEとは何か?

・なぜRICEからPEACE & LOVEに変遷してるのか?

目次

Iceが除外!?新しい概念”PEACE & LOVE”とは?

“PEACE & LOVE”は”RICE”同様、処置内容の英語の頭文字をとった言葉です。

最も重要なポイントは2つ。

急性期の処置だけでなく、亜急性期(急性期が過ぎ、まだ安定していない時期)についても示されていること

急性期の処置内容にIce(冷却)が除外されている

内容は以下の図のとおりです。

Ice(冷却)が除外されている事に驚かれた方が多いのではないでしょうか?

「ケガをしたらすぐに冷やす!!」は最も大事な事のように感じる方が多いと思います。

筆者も長らく現場で実施してきました。

誤解しないで頂きたい点は冷却が「意味がない、逆効果」だというわけではありません。

詳しくは以下で説明していきます。

PEACE & LOVEの中身をチェック

上述したとおり、”PEACE & LOVE”は

急性期のPAECE と亜急性期のLOVEに分かれます。

それぞれの内容を細かく確認していきます。

急性期の”PEACE”

Protection(患部保護)

受傷直後は出血を最小にし、組織損傷の拡大を防ぐために安静にする必要があります。

過度な安静は関節の拘縮・筋力低下を引き起こすため、最小限に留める必要があります。

Elevation

患部を心臓より高く挙上する事で、損傷部位の腫脹を抑える効果が期待出来ます。

Avoid anti -inflammatories

最も重要な項目です。

最近の知見では、炎症反応は組織の回復に必要なものである。

と考えられるようになってきました。

以下は引用です。

炎症反応は組織の回復に必要なものである。その反応を薬物療法などで抑制することは、かえって長期的な組織回復にとってマイナスになりかねない。また、近年ではアイシングをはじめとした寒冷療法についても懐疑的な意見がある。アイシングは急性期対応としてしばしば使用される治療法であるが、軟部組織損傷・障害に対する有効性を示した質の高いエビデンスはない。鎮痛効果を支持する報告もあるが、炎症反応や血管新生、血行の阻害、好中球およびマクロファージ浸潤の遅延、未熟な筋繊維の増加などが懸念される。従って、過度な抗炎症は控え、実施の際はその意義について十分考慮すべきである。

※引用文献:熊谷 司.軟部組織損傷・障害の病態とリハビリテーション,メジカルレビュー社.2021

Compression(圧迫)

RICEと同様、包帯など用いて患部を圧迫する事は推奨されています。

腫脹・組織の出血を最小限に留める効果が期待出来ます。

Education(患者教育)

こちらも新たに加わった項目です。

上記内容を説明しても、理解してもらえなければ高い効果は期待出来ません。

本人・必要あれば親御さんへの説明が必要かもしれません。

亜急性期の”LOVE”

Load(力学的負荷)

適切に負荷をかけることは組織治癒を早めるため可能な限り早期から開始するべきである。

Optimism(悲観的にならない)

外傷後の精神状態は、適切にセルフ管理できるか?その後のリハビリへ意欲的に取り組む事ができるか?につながります。

復帰までの時期に影響を及ぼすためケアが必要です。

Vascularization(血行改善)

主に有酸素運動を開始する事が重要です。

モチベーションの維持・向上と患部の血行改善により回復を早める事が期待出来ます。

患部を温める温熱療法もこの項目に含まれます。

Exercise(エクササイズ)

受傷後は、積極的な関節運動を行えない場合が多く、関節の拘縮や周囲の筋力低下が発生します。

早期復帰並びに、再発予防にも有効です。

“Ice”はなぜ除外?”LOVE”が追加されたのはなぜ?

長らく基本とされていた”RICE”の考え方が変化してきた背景は

メカノバイオロジーの理解が深まってきたためです。

メカノバイオロジーとは、身体が力学的負荷をどのように感知し、応答するかを研究した学問です。

これにより、損傷した組織にも負荷をなるべく避けるだけでなく、できる限り早く、

組織に適切な負荷を与える事で治癒の促進や組織の強化が必要だと考えられるようになりました。

この考え方は、筋肉で考えると理解しやすいです。

筋力トレーニングを行う(筋肉に力学的負荷を加える)と、筋肉は刺激を感知し、

次に同様の負荷を加えられても対処できるように強くなります。(筋肥大)

近年は、筋肉と同様に、骨、靭帯、軟骨、半月板、腱などの組織も同様に適応しようとする事がわかってきました。

この適応能力は、①強化できる伸び代、②治癒能力の高さが組織ごとに特徴が異なります。

図は熊谷 司.軟部組織損傷・障害の病態とリハビリテーション,メジカルレビュー社.2021を参考に筆者が作成しました。

一番伝えたいポイントは

伸び代に差はあれど、刺激を与えることで組織が強化される事です。

刺激が与えられた事を感知した反応である、炎症を過度に抑え込む事は、組織が強くなろうとする反応を阻害する事になりかねません。

アイシングが必須ではなくなっているのはこのためです。

また、組織は適切な負荷を加えられ事で、強化され強い組織になっていく。

“LOVE”が加えらえれ、早期に活動される事がより推奨されるのはこのためです。

“PEACE & LOVE”に対する筆者の考え

この項目は筆者の主観的な考えを多く含みます。

上述したPEACE & LOVEが提唱され始めたのは2020年、Duboisらによって提唱され始めました。

(イギリスのスポーツ誌に掲載)

参考文献:Dubois B et al:Soft-tissue injuries simply need PEACE and LOVE.Br J sports Med,54(2):72-73,2020

私が参考にした文献(日本語文献)が出版されたのは2021年です。

2024年10月現在、日本に”PEACE & LOVE”の考え方が伝えられ少なくとも3年が経過しています。

しかし、筆者がスポーツ現場で活動している限り、まだまだ”RICE”が主流に行われております。

以降の項目で

・急性期における”PEACE”に”ICE”を加えること

・”LOVE”に対する理学療法士としての意見

に焦点を当て、スポーツ現場で活動する理学療法士である筆者の私見を述べます。

急性期における”PEACE”に”ICE”を加える

筆者の私見としては場合によっては行うことは必要だと考えています。

その理由は、アイシングを行う事は、

Protection(患部保護)とEducation(患者教育)につながるから。

下肢のけがであれば、アイシングをしながら動き回る事は難しいです。

そのため結果的に患部保護につながります。

また、アイシングをする事で、安静にしなければいけない状態である。

と、本人・周りに意識づけする事が患者教育につながります。

そして、アイシングには除痛・鎮痛効果があるため、亜急性期に必要な

Optimism(悲観的にならない)を促進する事にもつながります。

過度な抗炎症・血流の阻害を最小限にするため、長時間かつ不必要なアイシングはさせないように指導を行っています。

“LOVE”に対する理学療法士としての意見

“LOVE”のうちのOptimism(悲観的にならない)は、選手をよく観察し、よりそう気持ちがあれば、医療者でなくでも実施可能です。

Vascularization(血行改善)は有酸素運動や温熱療法などで実施する事ができ、考え方は難しくありません。

問題は、Load(力学的負荷)、Exercise(エクササイズ)が非常に難しいです。

例えば、足関節捻挫(足首外側靭帯の損傷)をした事を想像してみて下さい。

“PEACE”の時期を脱し、エクササイズは何をすればいいでしょうか?

以下のような足関節トレーニングは行っても良いでしょうか?

痛くなければ、歩いても、走っても大丈夫でしょうか?

どんなエクササイズを、どの程度の負荷をかけて行うかは非常に難しく、

専門的な勉強をした方でなければ根拠を持ってこれらに答える事は出来ないと思います。

そのため、”PEACE”の処置が必要な程度の外傷を負った選手が”LOVE”に移行するためには

医療機関を受診し、専門的な指導を受ける必要があると考えています。

「たかが捻挫。腫れもひいたし痛くない。明日から練習しよう」

と安易に考えて復帰するのは危険です。

数日の安静期間で、筋・腱が脆弱になっているかもしれません。靭帯が本当に治癒しているかどうかは痛みだけでは判断できません。

まとめ

2020年に提唱された比較的新しい外傷処置の方法”PECE & LOVE”についてお伝えしました。

・急性期の処置にアイシングは必須ではなくなった。過度な抗炎症処置は治癒を妨げる可能性が示唆されている。

・長期間の安静は推奨されず、適切な負荷をかける事が推奨され始めている。(LOVE)

・推奨されなくなったアイシングは完全否定されるものではなく、現場ではまだ使用される頻度は高い。(実施方法には注意)

・適切な”LOVE”を達成するためには専門的な知識を持った人の指導を受ける必要がある。

以上をお伝えしましたが、スポーツ選手の外傷処置に絶対の正解はありません。

基本的な知識はしっかりと身につけ、個々人の身体・精神状態をよく考慮し、適切な処置を施す事が、早期の競技復帰につながります。

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